東洋経済が多摩田園都市のまちづくりについて取り上げた記事を発表しています。
東急「田園都市」にも忍び寄る高齢化の危機
・東急電鉄は成熟した住宅地である「多摩田園都市」に地域交流施設を造った
・最初の開発から60年が経過し、「住民の高齢化」など将来への危機感が増大
・暮らしや地域社会を重視した「次世代郊外まちづくり」を進めようとしている
・次世代モビリティーの実証実験とコミュニティー拠点づくりという2つの新しいまちづくりが進んでいる
というような内容です。
まちづくりの具体的なポイントを解説しているようですが、なんとなくまちづくりのプランに違和感を感じたので、その根本をセルフリサーチしてみました。そしたら、おもしろい発見があったのであげてみるのと、このケースでパブリックリレーションズはできるのかな、というのを考えてみました。
東急電鉄が行った多摩田園都市の都市開発は今年で60年目をむかえるが新陳代謝が進まなかった
多摩田園都市は、東急電鉄が戦後すぐの1950年に始めた沿線周辺の大規模都市開発です。溝ノ口から中央林間の間にまたがる約50平方kmのエリアに高級住宅街を創出したもので、開発から70年近く経った現在、約62万人が居住する住宅地に変貌しています。住民の高齢化が顕著になり、東急電鉄は新しい都市開発をテコ入れしようとしています。
多摩田園都市のだいたいの範囲はこちら。範囲設定は「なんとなくこのエリア」と理解してもらえばいい、との見解なので、あいまいです。記事の対象はたまプラーザ駅の北側、美しが丘1~3丁目を主に扱っています(by Google Map 2019)。
記事によると都市開発では高級住宅街を作った、とあります。その結果多摩田園都市(具体的にはたまプラーザ駅前の美しが丘)の地価が高騰し、土地の資産価値が増加。それが同地域に住むブランドになり、発展した、ということです。
美しが丘は、白く明るく抜いたこのエリア(by Google Map 2019)。
ところが、住民の「高齢化」が進展し、その比率はたまプラーザ駅から最も遠い美しが丘3丁目で30%と、かなり高い比率になりつつあります。高額に維持されている地価が、新しく住もうとする人たちを阻むという皮肉が生じている、とも指摘しています。
まず、「高額な地価は」いかほどなのか。
2018年の公示地価をもとに、近隣の主要地域と比較してみました。
美しが丘の住人が最も利用するたまプラーザ駅の両隣、宮崎台と中央林間と比べると倍近くの地価になっていますが、周辺の開発が進む地域、たとえば武蔵小杉などとは比較にならない安さ、ともいえます。武蔵小杉の西隣りの日吉や東京の下町よりちょっと高い、あるいは同じ程度、という地価です。
感じたことは、以下のようなものでしょうか。
1)都心への交通の便。急行の停車駅だけどすごく便利、という印象はないですね。車の利用率がやや高いので(あおばコミュニティリビング推進事業平成29年度住民アンケート結果より)、電車社会と車社会の境目にある地域、という印象です。周辺に大型商業施設のあるゾーンがあるわけでもなく、むしろよくここまで価値が伸びたな、と思います。
2)新しく住もうという人たちは、開発期に美しが丘より安いところに流れていった、という仮説が立てられるような気がします。
となると、東急電鉄はなんのために多摩田園都市をつくったのか、ということになりますね。
調べていると、なんとウイキペディアに多摩田園都市の設立理念が書いてありました。
田園都市構想というものがある
田園都市はイギリス人都市計画家、エベネザー・ハワードがその著書『明日の田園都市』で提唱したもので、ハワードの思想はヨーロッパで20世紀の都市づくりや集合住宅の設計などに大きな影響を与えた、とされます。それが渋沢栄一の目に触れ、日本の近代都市開発の基本的思想として導入され、田園都市開発株式会社(のちに子会社として東急電鉄を設立)の都市開発の理念になった、といいます。
ハワードの思想は、スラムがなく、都市の魅力(機会、娯楽、高賃金など)と農村の魅力(美しさ、新鮮な空気、低い賃料など)の両方を享受できる都市づくりを構想したもので(byウィキペディア・明日の田園都市)、ひとことでいうと自給自足型都市の設立を目指す、ということでしょうか。スプロール化といって、都市開発が無秩序に拡大していく状況を食い止め、ある程度の計画性の中で機能する構造をつくりだすことが目的、とみなしていいものでしょうか。
多摩田園都市構想に加えられたアレンジ
しかし、多摩田園都市構想は、このハワードの田園都市構想とは違い、
・大都市付属の住宅地である
・1時間以内に都会の中心地に到達できる交通機関を有している
という、通勤と交通機関ありき、の開発に変質しています(田園都市案内大正12年1月)。この場合はもちろん、東急電鉄ありき、です。
つまり、電鉄の都合で田園都市開発がなされた、ということになりますね。
多摩田園都市の開発は、沿線都市の付加価値を高め、結果として東急電鉄の利用者を増やす策に繋がっていく、ということでしょうか。これは沿線開発として言われていることと一致します。
次世代モビリティーの実証実験・渋谷行き「座れる通勤バス」
そういえば、東洋経済の記事中の最初のトピック、次世代モビリティーについてふれていませんでした。
予約できる座席を、電車以外の移動手段にほどこし、通勤手段の選択肢を増やし、かつ快適に利用できる環境提供の事例です。
昨今、勃興している「働き方改革」は、「通勤ありき」というしばりを越え、多様化しています。ゆえに、通勤手段をひとつ増やすことが、再開発の対象となる人たちの暮らしに好影響を与えるのか、というそもそもの疑問が出てきます。
駅前再開発で、コミュニティの拠点を作ってみた
東洋経済の記事では、次世代郊外まちづくりの「コミュニティ・リビング・モデル」として、歩いて暮らせるスケールの生活圏の施設として「CO-NIWAたまプラーザ」「WISE Living Lab(ワイズ リビングラボ)」を作ったことを取り上げています。
このエリアで高齢化対策に関するまちづくりプロジェクトの紹介と可能性、一方で現実として当事者たちの意識の低さについて触れています。みんなでがんばってます、というオチになっていないところがミソですね。
ハード面だけを改めてフォーカスしてみると、、「結局、駅前開発かいな」というツッコミが出てしまいます(笑)。
さてさて、住民の意識の低さは、どこから来るのでしょうか。
「黒須田の違和感」から理念の問題にたどりつく
多摩田園都市構想のそもそもの理念にさかのぼると、エベネザー・ハワードが提唱した自給自足型都市の実現を表看板に、結局は鉄道を使うことを前提に人々の暮らしを通勤でしばりつけ、その範囲の中でくらしやすい地域環境を作ろう、という理念でまちづくりが進行しているようにも見えます。
簡単に言うと、「東急電鉄の利用が前提」ではないか、と。
実は、この記事、終始モヤモヤ感の中で読んでいました。何かはわからなかったのですが、周辺資料調査で出会った、横浜市の都市開発計画・あおばコミュニティリビング推進事業(「持続可能な住宅地モデルプロジェクト」をもとに、横浜市青葉区が区内の各所にこの考え方をベースにした再開発を浸透させようというプロジェクト)の平成29年度住民アンケート結果で、黒須田地区の人たちがひときわ変わった回答をしていたのが目について、なるほどなと思いました。
黒須田地区ってどこよ?
このあたりです。
いちばん近い駅、たまプラーザ、あざみ野まで1㎞ちょっと西のところにありますが、徒歩では15分をこえるかな、という立地です。多摩田園都市の中核エリアである美しが丘1~3丁目の西側にあります。
この黒須田の人たちがことごとく、アンケート回答で反対のことを言っているのですw
たとえば、
交通アクセスについては、約51%の人が満足、と回答しているのに対し、黒須田の人たちは46%が「不満」と言っています。
地域課題の解決・改善のために協力できることについては、ほかのエリアの人たちとは全く違うことを言っています。
1位:災害に備えた助け合いの活動(ほかの地区は3位以下)
2位:趣味の活動の手伝い(ほかの地区は圏外)
3位:特に協力できることはない(ほかの地区は圏外
15分歩いただけで、コミュニティの考え方がまるっきり変わってしまっている、ということです。
駅付近の住民を対象にしたまちづくりは、簡単にできるものの、それが駅から15分以上先のところに住む人たちというようなハード面で不利をこうむっている人たちにも有効なものなのか、ということでもあります。
コミュニティ・リビング・モデルは、すべてのまちの人たちを救うものなのか、という根本的な問いにつながるよね、ということではないか、と思いました。
電車利用を前提にしたまちづくり、割り切るか、根本から考え直すか
今回は、東洋経済の記事をもとに、渋沢栄一までさかのぼってたまプラーザ駅付近で起こっているオサレに見えるとりくみの根本理由を探り出すことにつながっていきました。
多摩田園都市構想は通勤電車を利用することが前提であり、そもそもの田園都市構想とは大きく異なる都市が形成された、と見るのが妥当ではないかと思います。これが足かせとなるのかはともかく、前提を理解した上でどのような都市開発が行われるのか、その際に予想されるリスクはどんなものなのかを探ることも重要だな、と思います。
記事は目先の取り組みを何件か紹介していますが、これらの成果を伸ばすかは、都市開発の前提を理解しているかどうかで大きく変わるのではないか、とも思いました。
現状の都市開発では、駅から遠いところの地域は置き去りにされ、高齢化率や空き家率が高まるのは目に見えています。実際に多摩田園都市全体で、駅から遠いところにこの現象が起きており、記事でも美しが丘3丁目の高齢化率が紹介されました。新しい取り組みも駅周辺を重視している感があり、効果はどうなのか、と感じたのが正直なところです。
このまちづくりにパブリックリレーションズとして参加するとしたら
この、新しい取り組みに、パブリックリレーションズとして参加するならどうするか。見えているリスクがあるだけ、やり方はある、とも思いますが、リスク対策を経営面から実施していかなければ、パブリックリレーションズは数年で行き詰るでしょう。どっちみちリスクが顕在化し、争点になるからです。この解決策が示せないまま年月が過ぎれば、大義名分が立派なプロジェクトほど非難されます。こうなると、情報発信でなんとかなるレベルではなくなります。
戦略PRは経営に沿ってリレーションズ構築を前提にしていますので、多摩田園都市構想の特殊性をいかにポジティブな結果に落とし込んでいくかを考えるだろうと思います。
1.駅から遠い地域の都市開発計画の甘さを指摘し、想定される問答に対して経営がどのように解答するかを確定する
→当然ですが、これは相当もめるでしょう(笑)都市計画プランを一部見直して実施しろ、ということなのでwしかし、黒須田や美しが丘3丁目の人たちの目線に立てば、プラン改定は今後の地域の浮沈にかかわる重要なテーマです。パブリックリレーションズは、ときに相手のパブリックの側に立って経営と対立することも辞さない姿勢が必要です。
2.都市計画に沿ったコミュニケーション戦略を作ってみる。経営上の定性目標も設定する
→単年度、3年計画、5年計画、20年計画というスパンで作れますよね。さらに、数値目標とは別の、定性目標「どんな状態になっているのがいいか」を複数定めます。たとえば、「平日でも外国人が散策する姿が絶えない状況(京都)」というようなものです。
3.数値目標を設定する
→多摩田園都市の地区ごとに、まちづくりシンポジウムの参加者数目標値を定めます。
まちづくりの関心が高くなれば、こういったシンポジウムの参加者数ものびるのではないか、という仮説から、今後3年間で、各エリアの成人人口の20%の参加を獲得する、というようなものを設定します。当然ですが参加者からアンケートを取り、駅から近い人、遠い人の実情をさらに深く把握し、課題と施策実施の強力な資料づくりにつなげるのです。
イベントにもそれぞれ数値目標を設定します。
たとえばマルシェ参加者数は3000人を目標にし、各ブースの平均売上高を5万円とする、というようなものです。この達成、未達成でイベントの騰勢を計測するのです。
同エリアで、年間イベントや会合の企画数も数値化できます。1000人動員できるイベントを毎週1つ行った場合、年間55回、のべ55000人が参加したことになります。これを地域人口のX倍実施する、というような目標を立て、地域住民と外部からの参加者が交わる機会をどれだけ作ったか、とした場合、多摩田園都市には60万人が住むので、たとえば人口の6倍を目標にした場合、動員目標360万人、1回あたり1000人動員を想定すると、年間3600回のイベントを実施しなければなりません。
4.数値目標の想定値をベースに、マーケティングミックスを主導する
→たとえば、さきほど例としてあげた3600回のイベント実施には、どれだけの企画担当者と予算が必要か、が割り出せます。アンケートをもとに、より有効な情報発信手段が、たとえばSNSよりもチラシだったとしたら、その制作・配布費用も試算できるはずです。メディアのプロジェクトマネジメントをたちあげ、年間計画で複数のプロジェクトが同時進行で連携し、動くように体制を構築します
5.エバリュエーションが集約され、次回改善策に反映できる
→実施で定性的、定量的目標の到達度がわかれば、実施に至るまでのプログレス検証もやりやすくなります。これらの結果をもとに、施策の修正や強化につながるマネジメントとの連携を構築します。
上記はさらっと考えて出るアイデアです。
当然ながら、アンケート結果などを反映させたより具体的なものでなければなりませんし、3600回のイベント開催をマネジメントするなんて、とんでもないことなので、2回目以降は半分以上のプロジェクトが、市民主導で自発的に動き出せるようしかけていくなどの工夫も必要でしょう。
はっきりいえることは、ストラテジックコミュニケーションは、経営そのものなので、新聞がどうだ、デザインがどうだ、というような一般広報担当者やメディア担当者と呼ばれる人たちが思い至るものは、主題としてほとんど出てこないことです。これらは個別の「1つの局地戦」であり、その局地戦に勝利するためにはいま上げたようなマネジメントを自らがまとめあげていかなければ成り立たないのです。情報発信に十分な知見のある者が、自らの立場で経営に参加し、知見を活かして経営ビジョンを実現することに直接的にかかわっていかないと、有効な情報発信やリレーション構築は難しいのです。
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