パブリックリレーションズの基本的スキルであるモニタリング機能について、メソッドの代表例が新聞や雑誌など、紙メディアを起点とするペイドメディアの監視です。記事クリッピング、ともいいますね。
・自社がからむ業界動向の把握
・ライバル企業の新製品やサービスの動向
・経済動向や行政の施策に対するウオッチング
というような、状況把握のための情報収集が目的で、昔は主に新聞紙のスクラップブックづくりでした。
毎朝広報部員が定期購読している新聞3紙か4紙をペラペラめくりながら、自社にフィットした記事をみつけ、切り抜き、資料化していく作業です。インターネットとSNSが普及した現在は、こういった「ペラペラめくる」だけでは満足な情報を集めることはできなくなり、モニター越しに関連サイトを順番にチェックしていくことも加わっています。
新卒社員の教育にも使っている
記事クリッピングは特殊なことではなくて、だいたいの会社が新卒入社した社員に「日経新聞くらい毎日読みなさい」と指導している内容の延長です。
時事情報を取りながら業界の動向を知り、ビジネスマンとして一般常識を備えていこう、ということですね。記事クリッピングは、広報部員の一般社会性養成にも寄与しています。
チェックのサイクルは基本的には「毎日」
発行サイクルにより、チェックする日がバラバラです。たいてい日刊紙をもとに毎日記事チェックを行い、月刊誌や季刊の論文などを都度加えていく、というところでしょうか。
・毎日チェックするもの
・1週おき、10日ごと、といったように一定期間開けてチェックするもの
など、監視先のメディアがどのくらいの更新サイクルかによりチェックのしかたを変化させます。
たとえば建設系だと、以下のようなメディアをモニタリングしますね。
・建設新聞(週2刊)
・日刊建設工業新聞(日刊)
・日経新聞(日刊)
・日刊工業新聞(日刊)
・東京新聞など、ブロック紙(日刊)
・国土交通省都市計画部(ランダム)
・土木学会論文(年刊あるいは季刊)
・学会誌(季刊)
新聞記事やニュースを毎日チェックしていくと、担当者は世の中の動きを一般常識レベルでマスターしていきます。これは自社や組織にかかわる業界情報のみならず、大きな事件・事故や芸能人やスポーツネタなど、雑談の話題になるようなことも記事選別の過程で無意識的に知っていくからです。
新聞のクリッピング、オンラインがいいか、実物がいいか
これは両方するのが最良です。実物はページをめくる、段ごとに散らばる記事を探していく手間がかかるという難点があるものの、その「探す」行為を通じていろいろな情報を無意識下に蓄積しているのも事実です。一方、オンラインは横書きでヘッドラインベースで興味のある記事を素早く探す操作性に優れていますがヘッドラインしか目にしないため、その他の記事の内容をなんとなく知ることができず、知識量としての潜在性は、紙ベースよりも低くなります。
どちらか一方しかやらなかったとしても、以下のような効果が期待できるのは確かです。前に書いた内容も含め、改めて以下3点にまとめます。
1)「こういう記事があるんだな」という肌感覚レベルでの刷り込み
ひとことでいうと、記事の傾向を実体験を通じてとりこんでいきます。「こういう記事が掲載されるんだ」ということを知るわけで、どのようなネタを提供すると取り上げてもらえるのか、というのを、記事側からみて考えることができます。まあ、自分でヘッドラインを抽出してそれぞれの記事をチェックするわけですし。
2)抽出から除外した記事も見ている
実は結構大きな効果です。たとえば大きな社会的事件は自社に関係ないから外してしまいますが、「目には止まっている」ので、知っているわけで。そのトピックが世の中での雑談に使われたりするわけです。
3)1年やると、無意識のアナリストになっていることが多い
これは実際複数の素人同然の社員にやらせた効果として実感してますが、社内の誰よりも業界情報に精通してしまいます。へたをするとその部長などより世の中の動きを知っているのです。
「クリッピングしている姿」は、社内的には非常にウケが悪い
クリッピングは、単に新聞を眺めているだけのように見えるもので、昭和の時代の、「何も働かずに一日中新聞を見ているけど高給取りおじいさん社員」のイメージがある40代、50代の人たちにとっては嫌悪感でしかないものです。
そういう経験をした人がまったくいない職場であっても、オンライン記事のチェック過程でエンタメ記事のページなどを見ている画面をほかの社員から見られてしまうと「こいつ遊んでるなあ」と勘違いされたりも結構あります。
こういうバイアスなどもあるので、クリッピングを組織内で行うには(バカらしい話ですが)十分なコンセンサスをとる必要があることも事実です。
コンセンサスのためにも適正なアウトプット手法が備わっていないと視覚化されにくいメソッド
コンセンサスは、成果物を見せることで果たすこともできます。
クリッピングなどのモニタリング活動のすべては、適正なアウトプットがないと「ナレッジ化されないナレッジ」なので、まとめて伝える努力が必要です。
クリッピングの成果物で簡単な例をあげると、スクラップブックの作成です。
以下のようなかんじで、該当記事のみをピックアップしてソース名と日時を手書きすると思います。
これは、対象となる記事を切り抜き、新聞名称、掲載日時(西暦何年何月何日何曜日まで。西暦を抜くと、「何年の6月10日?」とあとで混乱するので注意)をいれて、できれば掲載面までリストしてスクラップブック化するものです。
新聞で自社がとりあげられた場合の記録保存としても、この方法を採用している会社はかなり多いはず(ただし「紹介されました」とSNSやホームページに掲載するときは、引用技術論のルールにのっとった体裁に再加工することと、版元に許可がとれるならば確認をとることを忘れずに!)。
日々のニュースは3,4件、多い時には数十件になるので、それをコピーで出して社員に回覧させる(今は社内イントラ連携で画像データを特定スレッドで共有させる、とかですが)、というオーソドックスな手法です。
高度なアウトプットにしていく
クリッピングを活用することで、組織内での活動を認めてもらう意味でも、集めた情報を組織のために加工して提供することは重要なことです。毎朝の回覧に使うことのほかに、業界動向を独自視点でまとめた定期的な研究レポートを組織内で発表する、というのがいちばん実施されていることですね。これらは当然、社長などが状況分析に使う資料として活用されることなども考慮したレベルでないと、いけません。
その他のまとめかたとしては、以下のような例があります。
・年間ベスト10など、今年の総括モノ
例:ベストファーザー賞、今年の一字など
・統計型研究レポート
●●白書というような研究レポート
・社内データベース
集めた記事をアーカイブ化して、社内での時事情報まとめなどに活用してもらうものです。たとえばプロポーザル執筆の状況分析らんで、最新工法の動向記事の文献リスト抽出に使うとか。
モニタリングに無関心な会社とそれを問題視しない世間ズレしているダメ広報部員をどう行動変化させるか
会社の多くが、経費を理由にメディア監視に予算を割いていません。また、パブリックリレーションズ担当者も、それに慣れて自分から世間の情報を取らなくなってしまう傾向が多くある事実。かなり深刻です。
情報発信には相当量のインプットが必要であり、蓄積は適切な調査や経営判断に関わる分析につながります。戦略的アプローチができないパブリックリレーションズの原因のひとつが、状況判断ができないことであり、その多くが日々の時事情報・業界情報の積み重ねをやっていないことから生じる「無知状態」です。
毎日関連情報を取りに行けないことに危機感を持たない広報担当者は、なんのために存在しているのかを組織全体が改めて問う必要がありますが、そもそも組織全体で無関心になっている場合、どうすればいいか。実務に使って過去記事や蓄積の重要性を「わからせる」ことで、モニタリング意識を醸成するしか手はありません。
(1)クリッピング材料は、無料で手に入ることを活用する
新聞・雑誌のほとんどが図書館にあります。定期購読は認めないけど図書館や本屋に行ってもいい、という(よくわからない)行動が可能であるならば、週に1度か2度、あるいは適時図書館に足を運び、1週間分などまとまった期間分のチェックをしてスクラップを集めるという手があります。
(2)私的利用を活用して自宅で大量にストックしておく
無料で手に入る条件は、ネットでもあります。新聞社のオンライン版の記事で気になるものがあったら、保存し、社内活用の必要がある場合は過去検索で有料記事を1つずつスクラップブック化していくか、先にあげた図書館に行ってコピーを取ってまとめる、ということをします。
これらの活動は、プライベートな環境でストックするなどの行動が伴うので、仕事とプライベートを分けたい人にとっては悩みどころです。かつ、毎日10件以上関連情報が流れるような、コングロマリット系企業でこれが起こると、作業が大変になる可能性もあります。
しかし、実践した経験者としていえることは、スクラップ記事を複数提示しながら「こういう理由で発信をしたい」「こういう過去事例があるので、今回のプランはこうしたい」ということを理論的・客観的に社内に説明ができるようになり、意見として通しやすくなります。さらに、根拠のない見解や気分による情報発信プランに対して対案を出し、その行動が組織にとって合理的かを社長に判断させる大いなる資料にもなってきました。
こういう実例を重ねることでクリッピングの重要性を認識してもらい、定期購読のための予算を得たことはたくさんありました。
くりかえしますが、パブリックリレーションズにとって、いい情報発信はその数十倍のインプットがなければ成立しないのです。記事クリッピングは、インプット手法の中では圧倒的に身近で、大量に、良質なものを手に入れる機会にあふれています。この機会を組織にとりこみ、日々の活動に組み入れてもらうことは、広報部員の知見を深めることと、それをもとに幅広い議論・選択の機会を与えます。
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